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ice99

シンガポールドル、僕の外貨預金デビュー

バブル経済が終焉のころ、1993年に海外駐在員としてシンガポールに赴任しました。
飛行機に乗るのも、パスポート作ったのも、もちろん外貨預金もすべてが初めての
体験で、大阪の伊丹空港発のJALの国際線、今では考えられない喫煙席なんかがあり、
生まれて初めての6時間余りの煙にまみれてのフライト。
チャンギ空港に降り立ったのは夕方の5時。
これから引継ぎをすることになる前任者に連れられて、向かった先はショッピングモールの奥の、
薄暗い雑貨屋でした。生まれて初めて見るインド人の店員に当座の生活資金10万円を
シンガポールドルに両替してもらいました。
レートはたしか1ドル69円だったと記憶しています。
当時はまだシンガポールはニーズ(新興諸国)とよばれてた時代、目抜き通りの
から外れると、街並みは、まだまだ発展途上国の風情?を色濃く残していました。
その後、シンガポールには6年間生活しましたが、95年の超円高の時のことが
今でも忘れられません。あのころはネットもなかったので、新聞の情報が全てでした。
会社に行って朝一為替のレートを確認というのが日課。
円はじわじわと確実に上昇し、米ドルと東南アジア通貨は対円で安値を更新していました。
シンドルはともかくタイやマレー、ネシアの駐在員は阿鼻叫喚だったはずです。
駐在期間中に貯めた現地通貨が円に対しての価値を失うということでしたから。
私は当時出張でほったらかしにしていたのがラッキーで、
ある日を境に、円安に振れて、そのままどんどん元のレートにもどっていきました。
そして、ちょうど69円になったときに円に両替したのです。
地元の銀行達利銀行で現金をおろし、
その時初めてシンガポールの最高額紙幣1万ドル札を手にしました。
一枚70万円の赤いお札は、財布からかなりはみ出す迫力のあるものでした。
5千ドル札もあり、おぼろげに紫色だった記憶があります。
それを持って、あらかじめ電話で連絡しておいた両替やで全額日本円に両替。
手数料が銀行より安いのです。今から考えると途方もなくリスキーなことをやったものです。
それを当時の東京銀行シンガポール支店へ行って円の外貨預金しました。
その後、98年のアジア通貨危機で再び強烈な円高へ。この時に
残ってたドルは大した額でもないので今もそのまま放置しています。
いつかシンガポールに旅行した時の旅費にしようかなと思っています。
その後、赴任地がマレーシア、アメリカと変わりましたが、
結局のところ通貨というのはその国で生活していると意識する必要がないのですが、
外貨で考えると価値がよくわからなくなります。

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最終更新日:2016-08-16 11:02

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